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理研ビタミンの名誉会長である永持孝之進さんが今春、自分史を上梓された。『夢と志』(日本出版制作センター)と名付けられた大部400ページの著作だが、一個の人間の生き様と、ひとつの会社の発展史にぐいぐいと引き込まれる。
永持さんが最初に入社した木綿問屋「田端屋」から移った理研栄養薬品(=栄薬)は元々、財団法人理化学研究所の構内にあり、その研究成果を工業的に製造化する医薬品専門会社だった。
理化学研究所には鈴木梅太郎(ビタミン最初の発見者ともいわれる)ら日本を代表する科学者が詰め、「学歴の権化」のような職場環境。しかし、資材調達に化学構造式が用いられるような全く畑違いの会社にあっても、「知りたいという好奇心があれば、新しいことを学べるし、身につく」と述懐している。
戦後、理化学研究所はGHQの指令を受けて解体。栄薬も倒産の憂き目に遭う。社員らは明日の生活をどうするかという切実な問いを突き付けられるが、栄薬にはサポニンなど有望な事業があり、最終的にビタミンAの事業が選ばれた。
1949年、理研ビタミン油を設立。永持さんは代表取締役常務に就任。まずビタミンAの米国輸出を主体とした。原料は全国津々浦々の漁港へ水揚げされる魚の肝臓とはらわた。天然ビタミンAを生成・発展させてきた同社だが、やがて合成ビタミンAがのし上がってくる時代を迎える。
規模拡大だけではやって行けない。早期に技術開発の実効を挙げること、家内工業からの脱却と多角化路線、国内需要の開拓などを経営戦略として掲げた。多角化の一歩に、蒸留モノグリセライド(元は食品添加物)を取り上げ、兄弟会社の理研化学工業と肉エキスの共同研究も続けた。

1958年、日清食品が即席麺「チキンラーメン」を発売。永持さんは研究中の肉エキスの活用法を見出し、明星食品の即席ラーメン用スープの製造を請け負った。明星食品のラーメンスープの生産は1日100万食、その後のエースコック「ワンタンメン」も1日30万食の大ヒット。1961年、理研ビタミン油は株式上場を果たす。
その頃、自社ブランドとして消費者向けの食品を出さないのかとの機運が社内でも高まってきた。選び出されたのが養殖わかめ。理研食品を設立するとわかめ事業に進出、家庭用食品養殖生わかめ「わかめちゃん」が誕生。その後、乾燥わかめの製造も受注した。
日本が高度成長から安定成長時代へ移ると、消費者の意識も変化した。伝統的な食文化の再評価を受け、「わかめスープ」や「わかめサラダ」などを発売して好評。これらの商品開発が、現在の「ノンオイルスーパードレッシング」の発展につながる。なお、同社の理研ビタミンへの社名変更は1980年(昭和55年)。
以上の社史をざっと読むだけでも、その都度、その時宜における会社の在り方に、常に永持さんの経営哲学が透いて見える。第4章「私の経営哲学」では、実学に裏打ちされた経営観が、どのページを繰っても読者の心を射抜く。
理研ビタミンの母体となった理化学研究所は、学者、理論家肌の社員が多く、損益で割り切る事業会社の気風が薄かった。そこに大阪商人の商いを叩き込まれた永持さんが、融通の利く弾力性のある考え方を導入。
それすら「利益追求型の私なんか真っ先に(社長)落第」などと謙遜する。しかし同社の体質、信条は、かつて社長であり、名誉会長である永持さんのそれ。由緒ある研究所の直系だから、「理研」という冠の社名は変えられない。よって、他と競争したり、他をまねたり、右顧左眄しない。「たとえ後発で商品を出すにしても、何か特徴を備えた商品でなければ発売しない」との言葉に、襟を正される。
海外進出の経緯などでは、中国との付き合い方が参考になる。中国という国の機構、仕組みをきちんと理解した上で相手の人柄を見て、面子が立つように気配りすること。様々な地域(国内外含めて)や業界の人とのつながりにも触れられるが、永持さん本人の貫いてきた人間尊重主義が築き上げてきた良き人々との交友録の体現だろう。
巻を閉じて思うのは、表題にある夢と志の絶妙な距離。夢と志を曖昧なまま、茫洋と過ごすのではなく、志を夢と峻別しつつも、精魂傾けてその実現に努める、たゆまざる意志。確かに、利益は上げなくてはならない。だが、会社を良くすることは人材を養成すること。その人材がまた事業を伸ばしていく。

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