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1863(文久3)年には久慈郡保内郷上野宮村の宮大工、益子金蔵が「アホリ仕掛」という器具を考案し、「粉蒟蒻」から出る不純物の〝飛粉〟を取り除くことに成功、より高品質の粉蒟蒻が製造できるようになった。
この結果、保内地方のこんにゃく栽培は飛躍的に発展した。財政が乏しかった水戸藩はこれに着目し、販売に関与するようになった。
「粉蒟蒻」の発明で市場は江戸だけでなく各地に広がったが、水戸藩は生玉と「粉蒟蒻」だけを販売し、荒粉の販売は絶対に認めなかったという。他の藩にまねをされて販売量が減少することを警戒したのだろう。
荒粉が出回る以前から水戸藩ではコメやたばこ、こんにゃくなど産物の流通を統制し、口銭(手数料)による収益を得るため、江戸や領内の商人らと会所の設置を行っており、1770(明和7)年には江戸の深川に蒟蒻玉会所を開設。領内で採れるすべてのこんにゃく芋をこの会所経由で売りさばいた。
しかし、大子町史によると「こんにゃく玉の品不足や出荷過剰による値下がりなど、値段の変動の激しいこんにゃくの特殊性と業務を担当する支配人の未熟さなどが重なり、順調な運営ができなかった」という。(続く)

各県が提案する豆腐料理を試食する参加者ら。
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