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小説家の田山花袋(1871〜1930年)は、尾崎紅葉(1867〜1903年)らが興した文学上の結社「硯友社」の門をたたくが、次第に自然主義に傾斜し、1907年に発表した『蒲団』で自然主義文学に一時代を画した。
同作は「事実を事実のまま自然に書く」ことをめざしたもので、“私小説の原点”と呼ばれる。花袋の親友である小説家の国木田独歩(1871〜1908年)は同じ明治4年生まれで、まだ二人ともに文学者として駆け出しだった25歳のころ、日光へ合宿し、粗食の半僧生活を送った。食費はコメと酒のほかは豆腐ばかりで、生計メモには連日「とうふ、とうふ、とうふ」と記載があるという。
栃木県(現・群馬県)館林生まれの花袋は、若いころ胃が丈夫でなかったが、晩年は大食いだった。二男の田山瑞穂は「手のこんだものを母などがつくりますと却って、その味の混濁したものを好みませんで箸をつけずに不機嫌でした。そんな訳で豆腐の冷奴、古唐辛、饂飩、蕎麦、そう云った簡単なものが好きでして、そう云うものですと、二日でも三日でも続けて出しましても、それで父は満足して居りました」と語っている。
代表作『蒲団』が発表されたのは、花袋が36歳の時だった。同作では、花袋本人と目される中年作家の主人公・竹中時雄の家へ小説家志望の20歳の女弟子・横山芳子が住み込む。竹中は芳子に恋情を抱くが、芳子は恋人を作って家を出て行ってしまう。時雄は彼女の使用していた蒲団に顔を押し付けて匂いをかぐ、といった現実が暴露される。当時流行していた自然主義的な観点から、作家本人が自らの愛欲を赤裸々に告白したところが「新しい」と評価された。その一節に、時雄が芳子の恋人に嫉妬して自棄酒を飲む場面がある。
細君の心を尽した晩餐の膳には、鮪の新鮮な刺身に、青紫蘇の薬味を添えた冷豆腐、それを味う余裕もないが、一盃は一盃と盞を重ねた。
瑞穂の「ものの味と云うよりも香りの方に重きを置きました」との証言もある花袋の嗜好が、冷や奴に青紫蘇の薬味という組み合わせにも表れているようである。この匂いへの執着が女弟子の蒲団の匂いをかぐ小説の結末部をたぐり寄せる。

ホテルグランヴィア京都で開かれた京都府豆腐油揚商工組合の新年懇親会。
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